2009年11月10日

断固支持

当ブログは勝間女史を全面支持します。

国家戦略室への提言「まず、デフレを止めよう〜若年失業と財政再建の問題解決に向けて」


それにしても、これに関する池田信夫あたりの難癖に同調する連中の気が知れん(もちろん、一番がっかりなのは菅直人の経済オンチぶりだけど)。

池田ブログのコメント欄を見ると、自らを「経済の素人」と断りつつ、非常にユニークな考察に基づくトンデモ経済理論(ご自分の感覚に基づく「ミクロ理論」でもって、需給ギャップを説明したりとかね)だとか、印象だけの感情論でもって勝間批判をする連中がごっそりいて、気が滅入ります。

いや、池田ブログにコメントした諸氏は確かにとんちんかんなこと書いてるわけで、彼らは自らが仰る通り、まごうかたなき経済学の素人なんですけど、それなら黙っておけばいいのにね。くどいですが、「語りえないことについては人は沈黙せねばならない」のですよ。馬鹿にも発言権を認める、というのが民主主義のルールとはいえ、いちいち律儀にそんな権利を行使せんでもよろしい。

それにしても、「ボクちん経済学のことはさっぱりわかりませんです!」とハッキリ自覚をしてるんなら(実はしてないんでしょうけどね。批判されたときに「だって僕は素人だもーん」とエクスキューズしたいだけなんでしょうよ)、理屈を抜きにして考えてみりゃいいと思うんですけどね。つまり、少なくとも経済政策については、ノーベル経済学賞を取ったポール・クルーグマン>「経営管理研究科」教授の池田センセ、というのはハッキリしとるでしょ、ってね。

・・とさらっとエントリを締めるはずだったんですが、サルでもわかるように勝間批判への反論がなされているいいブログがあったのでご紹介。これ読んでわからない人は、経済については墓に入るまで沈黙しておいたほうがいいと思うなあ。

2009年11月07日

プロレスバカよ、永遠に

毎回ハズレなしの面白さを誇る村西とおるブログ。今回は思わず泣かされました。先日亡くなった「プロレスバカ」剛竜馬のエピソード。彼の一連の転落劇の頃には、僕のプロレスファン度もすっかりスーパーヘビー級からジュニアヘビー級くらいになっていましたが、このエピソードは知らなかった。

09年10月31日付記事「漁師と海猿、そしてまたもや酒井法子さまと剛竜馬のことなど・・・」をぜひご覧いただき、故人の雄姿を偲びましょう。ショアッ!
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2009年11月03日

語りえないことについては人は沈黙せねばならない

支那の7-9月のGDPの実質成長率が前期比8.9%増になったとのこと。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091022-00000060-jij-int
(現在は記事は削除されています)
ええのぅ、羨ましいのぅ、と思いつつヤフーニュースのコメント欄を見てみると、相変わらずネトウヨのコメントか経済オンチのコメントばっかでがっかり。

支那を叩くのは勝手だけど、そんなことは別のところでやってくれよ。経済関係の記事にコメントするなら、ちゃんと経済の仕組みがわかってからにしてくれ。床屋政談なんて聞きたくないよ。

ってことで、よいインタビューをご紹介。極めて簡潔に、いまの日本経済のていたらくはなにが原因なのか、ってことが書かれてあります。ぜひご一読を。

無知につけ込まれて生きることのないために必要なこと。
http://www.mammo.tv/interview/archives/no254.html

2009年10月21日

対価と評価

先日わけあって、取引先のみなさまを前にちょっとしたセミナーの講師をやってきました。参加者は20人程度でしたが、いやー、難しい。これまでも同様のセミナーで2回ほど講師を担当する機会があったんですが、毎回、セミナーが終わると自己嫌悪です。今回はついつい喋りすぎて、15分ほど延長してしまい・・参加者の方にはご迷惑をおかけしました。すいません。

で、2時間以上喋りまくったあとは、参加者のみなさんとの懇親会。たとえ参加者が男ばっかで女っ気がひとつもなくても(失礼!)、ひと仕事終えた後のビールは文句なしに美味いもんです。で、「先生」なんて呼ばれてついつい気持ちよくなっちゃって、先ほどの反省はどこへやら・・。

すっかりご機嫌になって帰宅して、参加者の方にご記入いただいたアンケートを妻に見せつつ「ほれほれ、どうだ。お褒めの言葉が並んでおるだろ」と自慢したら、「そもそも向こうが頼んできた話なんだし、しかも手弁当でやってあげてるんだから、少々お粗末な内容でも文句なんて書くわけないじゃない」とピシャリと一言。まったく、僕はこういう聡明な女性はキライだなあ。

(ちなみに、取引先のみなさんの名誉のために断っておきますと、セミナー代はちゃんと頂戴しましたよ。もちろん、専門の業者さんがやってる同内容のものに比べれば、破格のお値段ですけどね)
posted by コピ at 22:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 商社な日々 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月16日

都会のオアシス

この前の3連休の中日はなぜか出社してお仕事だったわけですが、窓の外の素晴らしい秋空が「休日出勤なんかしてる場合じゃないよ」と何度も誘いかけてくるので、早めに切り上げて、会社近くの秘密のオアシスへ。そこは、あまり知られていない小さな公園。少なくとも、こんな日に休日出勤してるようなエコノミック・アニマルな同僚(他人のこと言えないよ)にはまかり間違っても出くわさないような場所です。で、そこのベンチに腰掛けて、太陽の光を浴びながらしばし読書。これで読んでる本が「1Q84」とかなら「まあ素敵な方!」と文科系女子が卒倒するところなんでしょうが、実際に手にしてる本は残念ながら「現代経済学の基礎理論」とか、まあモテとは程遠い本で、我ながらがっかり。心底がっかり。超がっかり。つか、そんな本は学生時代に読んどけよ、ってとこなんですが、まあ学生時代は勉強以外のことしかしなかったんだから仕方ありません。Pay up in the end. ツケはいつか払うときがくる。わかっちゃいるんだけどねえ。

しかし、たまにはシチュエーションを変えて読書するのもいいもので、電車に揺られて読んでると確実に睡魔に襲われる本でもすいすいと読めたのは収穫でした。ただ残念なのは、こんな素敵な日に、こんな素晴らしいロケーションで独りでいること・・。・・と乙女のごとく溜息なんかついてみたんですが、よくよく考えてみたら家に帰れば家族がいるわけで、うーん、なんつうか、いつまでたっても気持ちは浮ついたまんまで、なかなか大人になれませんね。困ったもんです。
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2009年10月04日

きみのせいさ

どっかの国では政権が交代して、首相以下各大臣が寝言以下の発言を連発し、予想通り日本オワタ\(^o^)/な状態に突入していますが、みなさんいかがお過ごしでしょうか?僕はここんとこ、新聞を読むのがイヤで仕方ありません。

さて、デフレが続こうが、その状況に日銀と財務省が無頓着であろうが、藤井とかいうじいさんが気のふれた発言を繰り返そうが(コイツは掛け値なし・筋金入りの愚物なので、「各大臣」と一括りにせずに名指しにします)、こういうものがお手軽に観られるようになったという意味(のみ)で、本当にいい時代になりました。

ピチカートファイヴの「Baby,it’s you」。
ttp://www.youtube.com/watch?v=1QP330Ywm2c
(直リンはしないので、あしからず)

第3期ピチカートがアルバム「BOSSA NOVA 2001」でブレイク期特有の瞬間最大風速な輝きを見せていた時期のテレビ出演(フジの「WOOD」)。このクオリティーの高さはいま観てもまさにcoolの一言。同じバカラックの「Walk on by」からホーンのリフを引用しているところも憎い。

昔、これをビデオに録画して何度も観かえしたのを思い出しました。それにしても、こういう音楽的な才能に溢れた人を見ると本当に羨ましくなります。きみになりたい。
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2009年08月17日

閉じられた世界

久々に更新するものの、話題が古い上に若干のネタバレもあり、しかも長いときてるんで、ほとんどの人にとっては有用でないエントリーです。予めお断りしておきます。


09年6月5日(金) 劇団東京ミルクホール第13回本公演「ズッコケ蟹工船」 at 新宿SPACE107

数日前にたまたま予定がドタキャンとなったため、思いつきで一人で観に行った公演。予算とフィーリングで選んだため、もちろん彼らの舞台はこれが初めて。そもそも演劇を観るの自体が約10年ぶりのはず。

作・演出を手掛ける佐野崇匡はなかなかのイケメン。喋りも、大して面白いことは言ってないんだけど、テンポがよく聞かせる。つまりは華のあるタイプ。でも、この主宰者こそが将来的にこの劇団の足枷となるのではないか。そんなことを感じた公演でもあった。

劇団員が男だけ、かつ非常に若い(20代〜30代前半と思われる)という割に、客層は老若男女、意外に幅が広い。強いてあげれば比較的30代〜40代の女性が目立ったが、僕のような30代サラリーマン一人客もちらほら。が、客の質は総じて低く、「なんでも笑う客」「ツボを外して反応する客」「喋る客」といった連中が目立った(たとえ少数でもこういう手合いは目立つもんだけどね)。彼ら(というか、主に彼女ら)に共通するのは言うまでもなくアタマの悪さだが、もう1つ共通点を挙げるとすれば、おそらくは「佐野氏をお目当てに来ている」ということなのだ。事実、チケットが売れ残っているとアナウンスされた翌土曜・日曜の公演には、当初出演しないと宣言していた佐野氏が出演することがカーテンコールの際に発表された。これを聞いた後ろの席のなんにでも笑う女性客は「えー。じゃあ土日に観に来ればよかった」。

ストーリー自体は可もなく不可もなく、といったところ。くすりと笑えるところはいくつかあったし、劇中何度も唐突に登場しては、何でもありな振る舞いをするカニが「最も厄介で最も頼りになる一市民(大衆)」である、という謎解きにはなるほどと思ったが、結局メインとなるメッセージが「みんなで連帯しよう」じゃ、どうにも弱い。現代日本で我々が目指す道が80年前の小林多喜二の時代の(しかも挫折した)「弱者の連帯」なのか。本気なの?それよりは「学問の力を通じて一人ひとりが自分の周りを少しでもよくしようじゃないか」っていう山形浩生の夢想の方がまだ胸を打つし、希望が感じられるというものだ。「弱者の連帯」だなんて手垢にまみれたメッセージを最後に持ってこられても、観ている側は「なんだ、結局言いたいことなんてないのね」と思ってしまうだけ。いや、別にそんなものがなくったっていいんだけど、だったらもっと笑わせてよ、と。

あと気になったのが、身内の客(なにをしても喜んでくれる固定客)を相手にしすぎるために生まれる内輪ノリの空気感だ。ストーリーとはほぼ無関係な劇中劇で披露される、サラリーマンの余興芸程度のモノマネ。「せっかく習ってるんでやってみました」的な日本舞踊。こういった代物に10分も20分も使うのは、「○○さん、カワイー」な客には大満足の「お約束」なのかもしれないが、僕のような一見の客には、サービス精神というよりは、これくらい媚うっときゃ次もまた来てくれるでしょ、ってな志の低さの表れに見えてしまう。

なお、日舞はこの劇団のこだわりで売りのひとつになっているようだが、力強さや情熱を感じさせなければならない場面のダンスも、日舞をベースにしたものだから、迫力に欠けて正直イマイチ。こだわりはわかるが、それなら、それを活かす場を作らなければ。フィットしない場面でも「とにかく日舞をやるんですっ」じゃ単に頑固なだけだろう。正直、10年近く前に観た歌舞伎町の黒鳥の湖でのダンスのほうがよっぽど感動的だった。あと、殺陣も別に悪くはないのだが、若い男だけの劇団なんだから、もうちょっと身体を張ってもいいんじゃないか。小さな箱で迫力あるダンスや殺陣を見せることこそが小劇団の魅力だと思うのだが。

とまあ不満な点を挙げればキリはないのだが、でも全体的にはパワー溢れる舞台であり、ノンストップで2時間20分を魅せたのは素直に凄いことだと思う。また、浜本ゆたかの華、吉田十弾のキャラ、J.K.Goodmanの演技力はそれぞれ魅力的だった。特に浜本と吉田の2人はまた別の場でも観てみたいと思わせる力があった。

追記
カーテンコールで「次回公演は今年11月」と聞いたとき、「大丈夫か?」と思った。この劇団の創造主たる佐野氏に半年で無から有を生み出す余力はないだろう、と感じたからだ。上でも触れたが、この舞台のテーマという面から見ると、正直なところ、彼に演劇を通じて伝えたいことが残っているとは思えなかった。「劇団を作っちゃったから」でルーチンで公演を打っているだけなら、磨り減るだけだろう。たとえば鴻上尚二の第三舞台は再演が多いという印象があるが、これは書きたいことがある程度溜まってから新作を作るための工夫ではないだろうか。この「時間稼ぎ」が新作の(再演に耐えうる)クオリティーを生み出すのなら、これこそが成功する劇団になれるかどうかの鍵だろう。であれば、この劇団の次回公演は過去作品の再演であるべきだと思うのだが、あまりに固定客ばかりの客層ではそれは難しいか・・。
posted by コピ at 23:44| Comment(2) | TrackBack(0) | 読んだ、観た、聴いた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月18日

The show must go on.

「もう書かない」と書いたはずなのに、書かないとやりきれないことが多すぎる。

まだ半分も終わっていないが、2009年は、自分の半径5メートルくらいはともかく、半径20メートルくらいの範囲までのものとの別れが多い年のようだ。先の「サイキック青年団」しかり、今回の三沢光晴しかり・・。そのどれもが、いつまでも永遠に続くような錯覚を起こすくらいに「日常」な存在だっただけに、その喪失感が残す爪痕は意外なほどに大きい。

先週の日曜日、朝方にふと目が覚めると、枕もとの携帯がメールの着信を知らせていた。メールを開くと友人から「三沢が死んでもうた」と一言だけ。陳腐な表現だが、にわかには信じられなかった。

寝ぼけアタマが真っ先に思い浮かべた死因は、故橋本真也と同様の突然死。あるいはもしくは・・と、ノアの地上波中継打ち切りのニュースとも関連付けて最悪の状況すら頭をよぎったが、ネットでニュースを確認して愕然。あの受身の天才がリング上で死ぬだなんて・・。

四天王プロレス時代の激闘によって蓄積されたダメージがここにきて爆発したのかもしれない。あの頃三沢をはじめとする四天王は、ちょっと考えられないくらいに激しくて危険なプロレスを繰り広げていた。危険な角度で相手を頭からリングに叩きつけ、叩きつけられたほうはカウント2.9でフォールを返す。激しい技の応酬。ファンの足踏みが地鳴りのように響く武道館。何人ものファンが泣きながらリングを見つめる、壮絶なプロレスがそこにはあった。

社長業とプロレスラーの両立は、僕たちの想像以上に過酷だったろう。長年の激闘によるダメージが自らの身体をどこまで蝕んでいるか、本人が一番よくわかっていただろう。それでも三沢はリングに立ち続けた。僕たちの声援に応えるために。三沢の死は、「サイキック青年団」と同じく、ファンの期待に過剰に応えようとする姿勢が招いたもののように思えてならない。責任感の表れか、もしくはこれが表現者の業というものなのか・・。一ファンとして、思いは複雑だ。なんともやりきれない。

謹んでご冥福をお祈りします。


併せて、今月15日に急逝されたテッド・タナベ氏(偶然にも三沢と同い年・・)にも哀悼の意を表します。安らかに。

2009年04月13日

祈りよ、届け。

ほぼ3年ぶりの更新。おそらく今回限りですが。

約20年という長きに渡ってABCラジオ「誠のサイキック青年団」を通じて、パートナーの作家・竹内義和氏とともに僕の人格形成に多大なる影響を与えてくれた北野誠氏のタレント生命が、なんとも嫌な形で絶たれようとしています。前代未聞の番組打ち切り劇から番組のラストイベントの突然の中止、誠さんの無期限活動停止処分に至る経緯は本来wikipediaとかで見てもらいたいんですが、なぜかこれが現在削除の対象になってて、見れなくなる可能性もあるので、その場合はこちらとかこちらをご覧いただければとりあえずの事の推移はわかります・・背景についてはまったくわからないけど。

もう更新しなくなって3年近く経つうちのブログも、この時期は閲覧数が増えます。おそらく我々の業界に興味を持ってくれている学生さんたちが訪問してくれるんでしょう。学生のみなさんは自分の人生が懸かった大切な時期に他人の心配をしてる余裕なんてないかもしれませんが、今回の件に少しでも感じるものがあるならば、このリンク先から彼の所属する松竹芸能に「一日も早い復帰を期待している」と一言書いて送ってあげてもらいたいと思います(本当は昼と夜のメシを抜いて、先月出たばかりの誠さんの著書「死んだら、あかん」も買ってあげて欲しいところなんですが(笑)ちなみに僕はもう買って読みましたが、なかなかいい本でしたよ)。もちろんメールを送る送らないは自由ですが、学生さんには少なくとも今回の件を「他人の悪口ばっか言ってるタレントがやりすぎて怒られたんでしょ?自業自得だよ」なんてさかしらに受け流すのではなく、大きく言えば「世の中を自分なりに理解するためのケーススタディー」として捉え、一度自分のアタマで考えてもらいたいと思います。今回の誠さんの「犠牲」を無駄にしないためにも。

ちなみに僕は一連の流れについて、「やむをえないが、やり方が気に食わない」と考えています。誠さんが番組やイベントを通じて、一部の人や組織の「商品価値」を下げる発言をしていたのは確かでしょう(もうイベントはかれこれ10年以上行ってませんが)。それに対して「ちょっとそれは勘弁してよ」というクレームをつけるのは当然の行為。個人的には「所詮ギャグでしょ。本気で怒るなんてケツの穴が小さいなあ」とは思いますが、たとえ笑いにコーティングされているからといって、言われた側からのクレーム自体を否定することはできません。自分たちのメシの種の悪口を言われても黙ってろ、ってのはそもそも無茶な話なわけですし。で、それに対して松竹芸能が、クレーム主との関係と北野誠というタレントとを天秤にかけて、もしクレーム主との関係を取るのであれば、今回の処置も選択肢としてはありうる話でしょう。別に松竹芸能は誠さんひとりを食わせるための会社ではないわけですし。

でも、それらがすべて説明なく行われた、というのは断然気に食わない。もちろん一般の会社に置き換えてみればわかると思いますが、普通、そんなことをオープンに進めたい組織・人なんていません(そういう意味では今回の件は別に「芸能界の特殊性」を示すものではないんだろうと思います。他の業界においても当然起こりうることでしょう)ただし、今回の「当事者(ステークホルダー)」は別に出演者(と所属事務所)やクレーム主だけじゃありません。僕らリスナーやファンだって当然ながら当事者なわけです。別に彼らに対して、「リスナーやファン一人一人に今回の処置について承諾を得るべし」なんて極端なことは言う気はありませんし、そこまでの責任があるわけじゃないと思いますが、少なくとも「説明責任(アカウンタビリティー)」はあってしかるべきでしょう。番組終了については朝日放送が、誠さんの処分については松竹芸能がその責を負うのは言うまでもありません。

・・ここで、「じゃ、クレーム主はその責を負わないの?」って疑問が出てくるでしょうが、おそらくは一面「被害者」でもあるのだろうクレーム主にそこまでを期待するのはちょっと無理なのかな、と思います。もちろん、「今回の件はうちの名前を出すなよ、理由も明かすなよ」と朝日放送なり松竹芸能に強いたとしたら、それは明らかにやりすぎでしょう。そりゃクレーム主としては「表沙汰にするなよ」とは言いたいでしょうけど、「要望」と「強要」は別ですからね(現実には、両者をハッキリと区別するのは難しい場合が多いわけですが)。

さて、上記はあくまで僕の考える「理屈」(もしくは「僕なりの正論」)であって、もちろん世の中は理屈だけで動いてるわけじゃないし、理屈が常に物事をプラスに動かすわけでもありません。今回の件で僕たちにできることは、ただ静かに、誠さんの復帰を願う気持ちを松竹芸能に伝えることだけなのでしょう。おそらく、一方的な「悪役」は今回の騒動には存在しないんでしょうから。

・・と、ここまでが今回の「事件」への僕なりの考察と結論。あとはつらつら想うことを。

今回の件、おそらく発端は「イベントにおける発言内容を参加者がタレ込んだ」ことにあるんだろう(僕が聴く限り、最近の放送内容でそこまでの「毒舌トーク」なんてものはなかったはずだから)。そもそもサイキックのイベントは「内容のメモや録音は厳禁。会場以外では絶対口外するな」というのが出演者と参加者との間での紳士協定だけど、そんなことは当然、望むべくもない。大部分のリスナーはオトナでも、「芸能界の裏話が聞きたくてイベントのチケット買ったくせに、いざ自分の大好きなアイドルが『アイツは遊びまくっとるで!』と言われてしまうと激昂する」なんていうコドモがどうしても混じってしまうのは当然(あくまでこれは例え話ですよ。なにが「コドモ」の癇癪を刺激したのか、可能性はいろいろあるでしょう)。そんなコドモは確かに絶望的なまでにアタマが悪いんだけど(でも、「悪」ではない。そんな手合いにも「平等な一票」を与えるのが我々の住む民主主義社会)、だからってそんな連中もカネさえ払えば「客」であって、イベントから締め出すことはできないことわけだから。

でも、3千円なり5千円なりのチケット代で、彼らはこういうリスクの高いイベントをやってしまった。リスクテイク料としては明らかに安いはずなのに。このイベントからの「収益」は、「テレビ・ラジオのレギュラーを5,6本抱えたタレント生活」とは明らかに見合わないはずなのに。

それをやらせたのは、おそらくは我々リスナーの彼らに対する「期待」と、そして、彼らのその期待に応えんとする「芸人の性(竹内さんは作家だけど)」なのだろう。

こういう番組やイベントを続ける以上、『芸人の末路哀れは覚悟の上』という言葉は常に誠さんたちのアタマの片隅にあったと思う。J事務所にアタマを下げ、山本リンダにアタマを下げ、おそらくそれ以外にも我々の知らないところでいろいろアタマを下げなければならないことがあったであろう中で、そういう意味ではこれは「当然の帰結」と言えなくもない。

でも僕はまだ誠さんに終わって欲しくない。
まだまだ誠さんと竹内さんのトークが聴きたい。
いや、現状では、もうお二人のトークが二度と聴けなくても仕方がないと思う。
でもせめて、自分にいろんなものを与えてくれた人がいつまでも元気でやっている姿を見ていたいのだ。
文字通り身体を張って、芸の力(リスナー以外には誤解する向きも多いと思うが、彼らのトークはゴシップネタなんてなくても十分聴くに値する「カネの取れるトーク」だった。そうじゃないと、それなりに忙しい生活の中、30代にもなって毎週深夜ラジオなんか聴かんよ)を見せ続けてくれた誠さんの一日も早い復帰を願ってやまない。


最後に僕の近況を。
おかげさまで仕事は順調です。ま、100点満点とは口が裂けても言えませんし、そんなことはありえないわけですが、ま、優良可でいえば優は取れてるでしょう(・・と、部長も言ってくれるかしら?)。もちろん、通常業務の範囲内だけで優が取れてても仕方ないので、今年はうちの会社のビジネスのやり方を根本から変えられるような新しい仕掛けを(たとえ、影響を与えられる範囲が小さくても)、魂こがしてやっていきたいなと思ってます。

んじゃ、またいつかどこかで。

2006年07月16日

お別れにむけて

この春先に「ブログやめよっかな」という話をしましたが、生来の思い切りの悪さのせいで今日までだらだらと続けてきました。が、あまりにも更新できてない現状を振り返るにつき、人間やっぱり思い切りも大切よね、ということで、本日を持ちまして更新を終了することに決めました。

「じゃー、あのときやめておけばよかったのに」という声があちらこちらから聞こえてきそうないまさらな撤退ぶりに、どこかの会社の事業会社運営を見るかのようで「この会社にしてこの社員あり」ってな気分にもなりますが、まあそれは仕方がありません。カエルの子は所詮カエルにしかならんわけで。

さて、なんで従来のように更新できなくなったのか、ってことですが、まあ駐在時よりも東京勤務のいまの方が確実に忙しい、ってのはありますし、帰国してから買い込んだ本がまだ30冊近くも本棚に残ったままでして妻が「買うだけ買いやがって、いつ読むんだよ」と眉間に皺をよせてる、ってのもあります。でも、なによりそれ以上に、「書いて発散する」必要がなくなった、ってことに尽きます。

毎日退社時にはアタマが痺れるほどでして、ない知恵絞りすぎて知恵熱でるんじゃなかろうか、なんて思うくらいなんですが、以前のお仕事に比べればはるかに充実してますし、休日も、昼間は神田あたりの古書街をぶらぶらし、夜には旧友との再会あり、新しい友人との出会いあり、合コンもたしなむ程度にはある(ホントにたしなむ程度かよ、というツッコミはなし)という、駐在時代から考えると夢のような生活が手に入り、気がつけば、もはや「悩める商社マン」ではなくなっていた、というわけです。

ということで、いままで懲りずにお付き合いいただいたみなさま、本当にありがとうございました。もちろん左側のプロフィール欄にあるメールアドレスは生きていますので、就職相談や合コン依頼(こら)などでコンタクトしたい方はお気軽にどうぞ。

それでは、またいつかどこかでお会いしましょう。
posted by コピ at 12:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 分類不可能 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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