2005年07月06日

備忘録

クルマに揺られながら暗い夜道を眺めていると、ふと昔のことを思い出した。

東京勤務時代に可愛がってもらった隣の課の課長さん。バブル崩壊の煽りを受けて経営破綻した某中堅商社の出身だった。この人に僕は、仕事のみならず、なにくれとなく面倒を見てもらった。銀座近辺の安くて美味いお店をいくつか知っているのはこの人に連れて行ってもらったからだし、年増だけれど美人のママがいるお店でツケでずいぶん飲み食いが出来たのも、その人の口利きがあってのことだ。

僕の直属の上司とその課長と僕の3人で飲んだとき、「なんでコイツばっかり可愛がるんです?」と怪訝そうな顔をする上司にその課長は言った。「こいつは優しいヤツですよ。僕が前の会社からここに移ったとき、数字のことがわからなくて困っているときに自分が持ってた経理の本を僕に貸してくれたんですよ」。その言葉を聞いて、僕は嬉しいよりなにより、「うちの会社の人間は、この人にそんなことすらしてあげたことがなかったのか」とショックだった。

前の会社では役員候補だったというその人は、それから間もなく、部長とともに地方にあるうちの関連会社に移っていった。片道切符の異動、つまりは転籍というヤツだ。ただし、部長は社長として転籍するのに、課長は部長としての転籍だった。課長さんが東京を離れる前に、二人で飲みに行った。

「今度の会社ではさ、俺、これだけしか貰えないんだよ」
そう言って立てて見せた指の数は、こっちまで暗い気分になるような数だった。
「今度の会社にはさ、部長として行くんだよ。あの人が、俺をどうしても連れて行きたいって言うから、せめて取締役として連れて行ってくれ、って頼んだのにさ・・」
あの人とは、子会社で社長になる部長のことだ。
「取締役にしてやるって言うからしぶしぶOKしたんだよ。でも直前になって、あの話はちょっと待ってくれないか、って・・」
「・・・」
「近いうちに取締役にする、って言ってはくれてるけど、なあ?」
「・・・」

課長さんの転籍は、部そのもののリストラ策の一環だった。課長の転籍と引き換えに部長は子会社の社長の座を射止めた、というのは少々穿ちすぎる見方だろうか?でも、当たらずと言えど遠からず、というところじゃないだろうか。

「俺の下で鍛えてやるから、こっちに来ないか?」と僕を誘ってくれた別の課の課長さん。当時の部署の仕事がつまらなくて嫌いだった(そしてそれはいまも変わっていないのだが)僕は、喜んでこのお誘いに乗る気だったんだが、この話は立ち消えになった。内々の打診があった直後、課長さん自身が転職先を探すハメになったからだ。そうなったきっかけは知らないが、おそらく肩叩きでもされたんだろう。ある大手メーカーと海外で合弁事業を立ち上げた人だったが、業績がなかなか上向かないこともあって苦労されていたようだった。皮肉なことに、彼が別の取引先の部長として転身したあと、その海外の合弁企業は業績は大幅に改善した。

役に立たなくなったらバッサリと切り捨ててそれでよしとするシステムを僕は間違っているとは言わない。ただ、非常に野蛮なやり口だと思う。彼らは彼らなりに会社に尽くしてきたはずだ。そして彼らは彼らなりに、会社に貢献しよう、貢献したいという想いを持っていたはずだ。

確かに、数字の前に想いは無力だ。だが、想いを汲み取ってやらない組織に、人がどうして尽くす気になるだろう?誰が希望を持って働くというのだ?

梅棹忠夫は言った。「同一労働・同一賃金という考え方は間違っている。給料は労働の見返りではなく、その人の人生を保証するものだ。だから、同じ大工でも棟梁の給料の方が高いのは当たり前。同一労働・同一賃金などという考え方は非常に後進的だ」。

会社は社員にどういう人生を保証するのだろう?「若いうちにしゃかりきに働いて大金をもらって、早めに引退したけりゃそうすりゃいいじゃん」?それとも「のんびり働いて小金もらいつつ定年まで働け」?現実にはそのどちらでもない。「会社がいらんと判断するまで、幾つになってもしゃかりきに働け」だ。

競争を勝ち抜くために、僕たちにはずいぶんと野蛮なシステムが必要らしい。
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2005年05月10日

卑しき魂

先日、駐在仲間の奥さまが「日本から部長さんとかが来ると美味しいレストランで食事できるから嬉しい」とおっしゃるのを偶然耳にして、暗然たる気持ちになりました。他人の奥さんにこんなことは言いたくないですが、精神が卑しすぎる。言っちゃ悪いが、そんなものは乞食の発想です。ああ、あまりにアホらしすぎて伏せ字にする気力も出ない。

昔、故中島らも先生がサラリーマン時代、仕事のあと上司に飲みに誘われたときに「この時間は僕の時間であって、あなたに拘束される時間ではない」と言うのに10年かかった、という話を書いておられましたが、こういう感覚がないことって、サラリーマンをやる上では必要な精神なんでしょうか?お客さんと接待するならいいですよ。彼らはカネを落としてくれるわけだから。接待も立派なビジネスの一環です。でも、部長のご機嫌とって高級レストランで社内接待することに何の意味があるのでしょう?どうでもいい話にふんふんと頷くふりを繰り返す作業のどこに生産性を見出せばいいのでしょう?

そんなものに比べりゃ、一食5万円かかろうが10万円かかろうが、プライベートで食いに行ったほうがよっぽどマシです。少なくとも僕はそう思いますし、その矜持だけは保ち続けたい。

この時間は僕の時間であって、あなたにお酌するための時間ではない。

こういうことがあるたびに、サラリーマンなど長くやる商売じゃないな、と痛感します。一日も早く、そんなことしなくてもいい身分になれるように、いまは自分のスキルを磨いていこうと思います。そんなキレイごとだけの世界なんかないよ、甘ったれるな、という意見には耳を貸しませんよ。社内接待でご機嫌とってりゃ安泰、という世界の方が甘ったるいのに決まってるわけですから。
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2005年01月10日

選ばれし者の恍惚と不安・・

買い物して、足裏マッサージ受けて、本読んで、テレビ観て・・、とのんびり休日を楽しんでいると、妻が声をかけてきました。「勉強はしないの?英語とか、こっちの言葉とか?」

「え、なに言ってるの?今日は休日だよ?」と答えると、彼女は軽くため息をつき、なにやらシリアスな顔して僕に話しだしました。

「あのね、世の中にはね、自分の能力を活かしたくても活かすことが許されない人がたくさんいるの」

「たとえ英語が喋れても、それを活かす職業に就けなかったばっかりに、あなたよりもずっとお給料が低い人なんていくらでもいるの。そんな人たちは会社から、別に英語なんか喋らなくてもいいよ、うちはそんな仕事じゃないんだよ、って言われて自分の能力を活かせてもらえないの」

「あなたは他の人よりもずっと多くのチャンスをもらっているのよ。なのにどうしてそれを『義務』と捉えるの?期待されてチャンスを与えてもらってる人なんて本当に少ないのに・・」

なるほど、確かにそうかもしれません。いつの間にか、目の前の仕事が「義務」になってしまっていた気がします。自分が望んだ仕事。自分が望んだ待遇。自分が望んだ会社。それを与えられた人は決して多くありません。その意味で自分は恵まれていると思いますが、日々の業務に追われるうちに、そんな意識はどこかに消えてしまっていました。

目の前の仕事を「与えられたチャンス」と解釈すること。

その解釈が自分を無理に納得させるものではないという内容を伴っているうちに、しっかり自己研鑽して結果を出していかないといけないのだな、といつの間にやら埃をかぶっていた現地語の参考書を開きながら、気持ちを引き締めました。
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2004年12月23日

好きになる、のメカニズム

ハードディスクのクラッシュで失われてしまった自作のエクセルシートを作り直しながら、つらつらと考えた。

最近の俺の目は、学生時代のように輝いているだろうか。

・・おそらく、輝いてはいないだろう。理由ははっきりしている。仕事が好きではないから。

好きなことだけしていればよかった学生時代に比べて、目の輝きが失われるのは当然のことだとは思う。だがもちろん、それでいいわけがない。このままでは職場の同僚に、家族に、なにより自分自身に対して迷惑がかかる。

だから、決めた。
仕事を好きになる。

妙な結論に聞こえるかもしれないが、これが最善の方法だと思うのだ。

じゃあどうやって好きになるか。自分自身に無理やり暗示にかけるのである。大して好きではないものでも、口に出して「好きだ好きだ」と繰り返していると、いつの間にか本当に好きになった、という経験、ないだろうか?ヘンな話と思われるだろうが、今までの経験から、この方法は意外に効果があると僕自身は考えている。

結婚して踏ん切りがつけづらくなった身には、転職という選択肢はちょっと現実的ではない。そんなこと考える前に、とりあえずこの方法でやってみようと思う。
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2004年09月03日

あなたは感じませんか?

自分のアタマが恐ろしく悪くなっているのを感じるときがある。例えば、当然リンクすべきAとBという話がすぐに結びつかず、あとになって「あ、そういえば・・」なんて思うとき。例えば、自分が誰となにを喋ったかをすっかり忘れてしまって、あとからその人に指摘されたりするとき。

最近は特にその頻度が増してきた。以前はこんなことほとんどなかったはずなのに、なんでこんなことになっちゃったんだろ?

仕事に没頭してないから?
母国語以外の言語で生活してるから、つたない言葉のほうにアタマの回転が歩調を合わせてしまった?
それとも、合コン不足?

20代で自覚症状があるってことは、かなり危機的状態なんでしょう。どなたか、アタマの回転を速くする方法を教えていただけないでしょうか?
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2004年08月26日

妻ある身

どうも今の仕事は面白くない、どうも俺のやりたい仕事ではなさそうだ、という話を、もののはずみでうっかり妻にしたところ、妻、いきなり号泣。

え?そんな激しいリアクションするの?とうろたえる僕に妻が追い討ち。
「結婚するとき、俺が面倒見るから働かなくていいって言ったじゃない。だから仕事辞めてついてきたのに」「仕事辞めたら、どうやって今の収入を維持するのよ?」「天職なんて単なる幻想よ。みんなイヤなこと抱えながらそれでも歯を食いしばって働いてるの!」・・

至極ごもっとも。返す言葉もございません。ございません・・が、なにやら残るわだかまり。
いや、あなたの泣き顔を見るのは本意じゃないんだが。そりゃもちろんそうなんだが。なんだが。
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2004年08月25日

おぼつかぬ日々のうたかたに

思い立ったが吉日、とおっさん臭いことをつぶやきながら、本日blog開設。

タイトル通り、「恋に仕事に大活躍のスーパー商社マン」からは程遠い、日々人生に悩み、悶々とした生活を送る商社勤務のリーマン風情が、それでもより良き明日を掴もうとのた打ち回る日記になるんでしょう。

なにをいまさら自分探し。でもついつい「ここではないどこか」を探したくなるのが、20代も残り少なくなってしまった男の、容赦なく過ぎ去る日常へのせめてもの抵抗ってもんです。

もちろん、着地地点はまだ見えない。
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