2009年04月13日

祈りよ、届け。

ほぼ3年ぶりの更新。おそらく今回限りですが。

約20年という長きに渡ってABCラジオ「誠のサイキック青年団」を通じて、パートナーの作家・竹内義和氏とともに僕の人格形成に多大なる影響を与えてくれた北野誠氏のタレント生命が、なんとも嫌な形で絶たれようとしています。前代未聞の番組打ち切り劇から番組のラストイベントの突然の中止、誠さんの無期限活動停止処分に至る経緯は本来wikipediaとかで見てもらいたいんですが、なぜかこれが現在削除の対象になってて、見れなくなる可能性もあるので、その場合はこちらとかこちらをご覧いただければとりあえずの事の推移はわかります・・背景についてはまったくわからないけど。

もう更新しなくなって3年近く経つうちのブログも、この時期は閲覧数が増えます。おそらく我々の業界に興味を持ってくれている学生さんたちが訪問してくれるんでしょう。学生のみなさんは自分の人生が懸かった大切な時期に他人の心配をしてる余裕なんてないかもしれませんが、今回の件に少しでも感じるものがあるならば、このリンク先から彼の所属する松竹芸能に「一日も早い復帰を期待している」と一言書いて送ってあげてもらいたいと思います(本当は昼と夜のメシを抜いて、先月出たばかりの誠さんの著書「死んだら、あかん」も買ってあげて欲しいところなんですが(笑)ちなみに僕はもう買って読みましたが、なかなかいい本でしたよ)。もちろんメールを送る送らないは自由ですが、学生さんには少なくとも今回の件を「他人の悪口ばっか言ってるタレントがやりすぎて怒られたんでしょ?自業自得だよ」なんてさかしらに受け流すのではなく、大きく言えば「世の中を自分なりに理解するためのケーススタディー」として捉え、一度自分のアタマで考えてもらいたいと思います。今回の誠さんの「犠牲」を無駄にしないためにも。

ちなみに僕は一連の流れについて、「やむをえないが、やり方が気に食わない」と考えています。誠さんが番組やイベントを通じて、一部の人や組織の「商品価値」を下げる発言をしていたのは確かでしょう(もうイベントはかれこれ10年以上行ってませんが)。それに対して「ちょっとそれは勘弁してよ」というクレームをつけるのは当然の行為。個人的には「所詮ギャグでしょ。本気で怒るなんてケツの穴が小さいなあ」とは思いますが、たとえ笑いにコーティングされているからといって、言われた側からのクレーム自体を否定することはできません。自分たちのメシの種の悪口を言われても黙ってろ、ってのはそもそも無茶な話なわけですし。で、それに対して松竹芸能が、クレーム主との関係と北野誠というタレントとを天秤にかけて、もしクレーム主との関係を取るのであれば、今回の処置も選択肢としてはありうる話でしょう。別に松竹芸能は誠さんひとりを食わせるための会社ではないわけですし。

でも、それらがすべて説明なく行われた、というのは断然気に食わない。もちろん一般の会社に置き換えてみればわかると思いますが、普通、そんなことをオープンに進めたい組織・人なんていません(そういう意味では今回の件は別に「芸能界の特殊性」を示すものではないんだろうと思います。他の業界においても当然起こりうることでしょう)ただし、今回の「当事者(ステークホルダー)」は別に出演者(と所属事務所)やクレーム主だけじゃありません。僕らリスナーやファンだって当然ながら当事者なわけです。別に彼らに対して、「リスナーやファン一人一人に今回の処置について承諾を得るべし」なんて極端なことは言う気はありませんし、そこまでの責任があるわけじゃないと思いますが、少なくとも「説明責任(アカウンタビリティー)」はあってしかるべきでしょう。番組終了については朝日放送が、誠さんの処分については松竹芸能がその責を負うのは言うまでもありません。

・・ここで、「じゃ、クレーム主はその責を負わないの?」って疑問が出てくるでしょうが、おそらくは一面「被害者」でもあるのだろうクレーム主にそこまでを期待するのはちょっと無理なのかな、と思います。もちろん、「今回の件はうちの名前を出すなよ、理由も明かすなよ」と朝日放送なり松竹芸能に強いたとしたら、それは明らかにやりすぎでしょう。そりゃクレーム主としては「表沙汰にするなよ」とは言いたいでしょうけど、「要望」と「強要」は別ですからね(現実には、両者をハッキリと区別するのは難しい場合が多いわけですが)。

さて、上記はあくまで僕の考える「理屈」(もしくは「僕なりの正論」)であって、もちろん世の中は理屈だけで動いてるわけじゃないし、理屈が常に物事をプラスに動かすわけでもありません。今回の件で僕たちにできることは、ただ静かに、誠さんの復帰を願う気持ちを松竹芸能に伝えることだけなのでしょう。おそらく、一方的な「悪役」は今回の騒動には存在しないんでしょうから。

・・と、ここまでが今回の「事件」への僕なりの考察と結論。あとはつらつら想うことを。

今回の件、おそらく発端は「イベントにおける発言内容を参加者がタレ込んだ」ことにあるんだろう(僕が聴く限り、最近の放送内容でそこまでの「毒舌トーク」なんてものはなかったはずだから)。そもそもサイキックのイベントは「内容のメモや録音は厳禁。会場以外では絶対口外するな」というのが出演者と参加者との間での紳士協定だけど、そんなことは当然、望むべくもない。大部分のリスナーはオトナでも、「芸能界の裏話が聞きたくてイベントのチケット買ったくせに、いざ自分の大好きなアイドルが『アイツは遊びまくっとるで!』と言われてしまうと激昂する」なんていうコドモがどうしても混じってしまうのは当然(あくまでこれは例え話ですよ。なにが「コドモ」の癇癪を刺激したのか、可能性はいろいろあるでしょう)。そんなコドモは確かに絶望的なまでにアタマが悪いんだけど(でも、「悪」ではない。そんな手合いにも「平等な一票」を与えるのが我々の住む民主主義社会)、だからってそんな連中もカネさえ払えば「客」であって、イベントから締め出すことはできないことわけだから。

でも、3千円なり5千円なりのチケット代で、彼らはこういうリスクの高いイベントをやってしまった。リスクテイク料としては明らかに安いはずなのに。このイベントからの「収益」は、「テレビ・ラジオのレギュラーを5,6本抱えたタレント生活」とは明らかに見合わないはずなのに。

それをやらせたのは、おそらくは我々リスナーの彼らに対する「期待」と、そして、彼らのその期待に応えんとする「芸人の性(竹内さんは作家だけど)」なのだろう。

こういう番組やイベントを続ける以上、『芸人の末路哀れは覚悟の上』という言葉は常に誠さんたちのアタマの片隅にあったと思う。J事務所にアタマを下げ、山本リンダにアタマを下げ、おそらくそれ以外にも我々の知らないところでいろいろアタマを下げなければならないことがあったであろう中で、そういう意味ではこれは「当然の帰結」と言えなくもない。

でも僕はまだ誠さんに終わって欲しくない。
まだまだ誠さんと竹内さんのトークが聴きたい。
いや、現状では、もうお二人のトークが二度と聴けなくても仕方がないと思う。
でもせめて、自分にいろんなものを与えてくれた人がいつまでも元気でやっている姿を見ていたいのだ。
文字通り身体を張って、芸の力(リスナー以外には誤解する向きも多いと思うが、彼らのトークはゴシップネタなんてなくても十分聴くに値する「カネの取れるトーク」だった。そうじゃないと、それなりに忙しい生活の中、30代にもなって毎週深夜ラジオなんか聴かんよ)を見せ続けてくれた誠さんの一日も早い復帰を願ってやまない。


最後に僕の近況を。
おかげさまで仕事は順調です。ま、100点満点とは口が裂けても言えませんし、そんなことはありえないわけですが、ま、優良可でいえば優は取れてるでしょう(・・と、部長も言ってくれるかしら?)。もちろん、通常業務の範囲内だけで優が取れてても仕方ないので、今年はうちの会社のビジネスのやり方を根本から変えられるような新しい仕掛けを(たとえ、影響を与えられる範囲が小さくても)、魂こがしてやっていきたいなと思ってます。

んじゃ、またいつかどこかで。

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